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D ベトナム戦争・インドシナ戦争関連書籍セール 1/2

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D756 Viet Nam Shots (A Photographic Account of Australians at War), Gary McKay and Elizabeth Stewart, Allen & Unwin, AUSTRALIA 2002; オーストラリアのベトナム戦争という観点からの写真集。19627-654月の訓練チームの派遣からはじまり、年月を追って、ロンタンへのタスク・フォース派遣、フォクトゥイ省の平定化等を経て、最後は197212月の撤退まで8章に区切り、多数の写真とともに紹介。巻末にはオーストラリアのベトナム戦争年表も。ベトナム戦争写真集となると数多いが、オーストラリア軍に限ってであるから貴重な1冊といえる。

2006年にソフトカバーで出版されているが、表紙写真が異なる(上記リンクで確認して下さい)

写真は全て白黒だが、
200以上。200x260o, 199pp HC(DJ), 英語


9,700

→  8,500 
D872 Insignes de l'Armee Francaise en Indochine Tome II, Editions SOGICO, A.Bourdennec, J. Mirlier & M. Mugnier, FRANCE 1984; インドシナにおけるフランス軍のインシグニア集で全4冊を予定していたようだが第I巻〜III巻までが発行済み。(第IV巻は未のまま頓挫か?)。この第第II巻では、装甲騎兵部隊、砲兵部隊、工兵部隊、それに輸送部隊を取り上げている。インシグニア以外の写真14(カラー、白黒)、インシグニア部分は全てカラーで21pp、他にページ大の地図12,000部の限定出版。215X305o, 104pp, HC, フランス語 11,100

→ 9,480

D881 Find The Bastards...Then Pile On (11th Armored Cavalry Vietnam-Cambodia Blackhorse), Bill Squires, Turner Publishing Company, USA 1997; ヴェトナム戦争での第11機構化騎兵連隊(通称ブラックホース)の記録。ヴェトナムに駐留した19663月から19723月までの間を28章に分けているが、ほとんどが6769年の記録。写真は約60、頁大の地図10Turner Publishing..からは各部隊の記録集が色々出版されており、本書は写真を主体をするものではないが、2000部の限定出版で、保存版となる頑丈なカバー。160x235o, 224pp, HC, 英語 

*既に絶版になって久しく、現状だと新品はUS$100以下では困難で、古本でも相当の価格が付いている。(2018年07月記載)
7,890

→ 6,990
D886 Vietnam Helicopter Pilots Association (Second Edition), Vietnam Helicopter Pilots Association Staff, Turner Publishing Company, 1998;  ヴェトナム戦争でのヘリ・パイロットの活躍を、ヴェトナムに入った1961年からサイゴン陥落の19754月まで時系列で記載。アップ・バク、ローリング・サンダー、ダクト、ランヴェイ、テト、ラムソン719...大きな戦闘へのヘリ・パイロットの参加は実に多く、彼らの所属部隊もまちまち。ヴェトナム戦争はヘリコプター戦争と呼ばれるだけあって、戦争の長期に渡り多方面での活躍が記されている。

囲みのミニ・コラムが多く、関連写真も随所に。後半の
140ppKIA(2300)リストや、メンバー(当時と最近の顔写真付)のバイオグラフィーで占められている。写真は約140(但し、メンバーの顔写真は除く)。

230x310o, 264pp, HC, 英語
10,800

→  8,570
  D892 Fourth Infantry Division in Vietnam, Edward Hymoff, M.W.Lads Publishing Company, USA 1968(?); 米第4歩兵師団(通称アイヴィ・ディヴィジョン)のベトナムでの写真記録集!写真は合計約230(カラーは計8pp)。220x285o, 211pp, HC(DJ), 英語 USED 年代による古さ、ジャケットは端部に痛みはあり、裏の一部が剥がれている(左欄画像は現物につき参照)、内部 は特記するほどの不具合なし。 19,990

D910 Voices from the Ho Chi Minh Trail (Poetry of America and Vietnam, 1965-1993), Larry Rottmann with Photographs by Nguyen Trong Thanh and Larry Rottmann, Event Horizon Press, USA 1993;  戦時中、あるいはその後の写真を片側のページに、対面ページには詩が紹介されている。短い詩の場合は、別の写真も。詩は65年から93年の間に、アメリカ及びベトナム双方の兵士などが書いたもの。ベトナム人の詩は全て英訳されている。写真は130以上、そしてほぼ同数の詩で、詩は数行のものから、2ページにまたがるものまで。ユニークな写真/詩集である。

280x215o, 208pp, SC, 英語。USED? 若干の古さのみ。内表紙に筆者サインと印。
4,970

→  4,120
D1015 Guide to Combat Weapons of Southeast Asia, Donald B. McLean, Normount Technical Publications, USA 1971; 東南アジアで使用されている武器を集めた。ここで東南アジアとは、共産中国、南北ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ビルマ、マラヤで、対象となっている武器の原産はロシア、ドイツ、フランス、ベルギー、イギリス、オーストラリア、米国、日本、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、北ベトナムなど17カ国にのぼる。武器の分類は、サブマシンガン、ライフルとカービン、軽・重マシンガン、臼砲、歩兵用ロケット・ランチャー、対戦車砲、野砲と野砲ロケット・ランチャー、対空砲、装甲車、自走砲、その他に分類。見開きの片側の頁に写真又は精密イラスト、反対頁にその名称、特徴、それにスペックが紹介。175x115o, 348pp, SC, 英語。 USED 表紙(表紙に斜め方向の折り目、若干の汚れあり。中を開けば綺麗でほとんど新品と変わらない。 6,300
 
→  5.290
D1029 First Marine Division Vietnam (Volume III – Vietnam), Turner Publishing Co., USA 2004; 米海兵隊第1師団のベトナム戦争記録で、類似タイトルにD882があるが、そちらは1965-66年末であるのに対し、本書は1971年までをカバー。写真は、顔写真を除いて約120ほど(すべて白黒)。230x310㎜, 112pp, HC, 英語。 14,670

→  12,610
D1030 Fourth Infantry Division in Vietnam, Edward Hymoff, Turner Publishing Co., USA 1997; 米歩兵第4師団のベトナムでの記録写真集で、もとは60年代末に出版されたものだが、この分は97年にTurnerからのリプリント版。但し、現時点では既にこのリプリント版も絶版となっている。頁数がオリジナル(211pp)より50pp近く多いが、これは公式記録(各種勲章受賞者、KIAリスト等)が充実したためだろう。表紙もこちらは頑丈な図書館仕様。220x285o, 260pp, HC, 英語 16,800
D1033 199th Infantry Brigade Vietnam (Redcatcher; Light Swift Accurate), Redcatcher Yearbook Information Office, USA 19??; ベトナム戦争での第199歩兵旅団(軽歩兵旅団)の記録集。写真は約80(白黒が主だがカラーもあり;一部に顔写真)。220X300o, 頁数記載なし(約50pp), HC, 英語。 USED 表紙下部に3X4Co程度の表面剥がれあり。他は特記すべき不具合もなく良好 24,150

→  19,800
D1040 Đi-Đi Trưởng Đa-Phương Quân, USA or SOUTH VIETNAM 1968; 「地方軍大隊長」、あるいは英語では”Guidebook for Regional Forces”とあるように地方軍(大隊長)向けのガイドブックで、英越のバイリンガル。左頁が英語、右頁が越語。全11章で、総括、区域、インテリジェンス、作戦支援、攻撃、防御、撤退、特殊作戦、鉄道の安全、農村建設支援、地方軍の後方支援。その中で更に幾つかの小項目に分類。説明には図も使用。

135x205㎜, 251pp(左右の英越頁は共に同じ頁が記されているので、実際はその2倍), SC, 英語及びベトナム語。 USED 表紙上部にペンで名前が記載されているが、それ以外は背表紙の日焼けがある程度。中は書き込み、破れなどなく良好。
6,920

→  5,910

SOLD OUT

D1054 Il Y A 50 Ans Dien Bien Phu, Jean-Pierre Bernier, Editions Michel Lafon, FRANCE 2003; 「50年前ディエンビエンフー」。写真は合計約190、カラーが多いのが特徴。260x310o, 156pp, HC, フランス語 11,550

→  7,900
D1062 The Year of the Tigers (The Second Tour of 5th Battalion, The Royal Australian Regiment in South Vietnam, 1969-70), Captain M. R. Battle, Printcraft Press, AUSTRALIA 1987; ベトナム戦争1969-70年のオーストラリア軍5RARの記録!初版は1970年で、この分は1987年のリプリントだが、RARのベトナム記録でも最もレアな1冊とされる。付録として頁大のカラー地図が17、写真は全て白黒で合計約340。220x280o, 216pp(及び地図34pp), 英語。 USEDだが僅かに古さが出ているものの、特記すべき不具合はなし

*後に2009年に内容が拡充されて再版(下の分)。サイズも異なっている。表紙デザインはほとんど同じだが、この1987年版は光沢(ツヤ)があるが、2007年はなし。
48,300

→  35,100
D1073 Possums & Bird Dogs (Australian Army Aviation’s 161 Reconnaissance Flight in South Vietnam), Peter Nolan, Allen & Unwin, AUSTRALIA 2006; ベトナム戦争におけるオーストラリア陸軍航空隊の第161偵察飛行部隊について、筆者がその歴史とフライト記録を当時の隊員からの証言もあわせて記載。オーストラリア軍の中の小さな部隊が直面し克服してきたさまな課題をヴィヴィッドに描いている。特に記載内容は航空ファン向けになっている。ビエンホアへの配置1956-66、タスク・フォースへの加入、テト攻勢、平定化: 9165年3月から1971年9月、の全4部。巻末には名簿と受賞者写真は白黒だが24ppに全55、他に若干の地図。155x230㎜, 240pp, SC, 英語。

  
8,400

→  7,280
D1084 Des Ailes, Des Raquettes et du Ciel (La Flottille 3F et l’Arromanches en Indochine 1951-1952), CV (h) Armand Verdier, Ardhan, FRANCE 2004; 「翼、騒音、そして空(1951-1952年インドシナにおける3F小型艦隊とアロマンシュ)」。一般的事項、3F作戦の簡単な歴史、そして本書の主要部分となる作戦日誌の3部からなり、そのあとに付録がAからEまで。作戦日誌は1951年8月7日から1952年8月4日までだが、途中では細かく時刻まで書いている部分も。写真(及び地図)はまとめて44ppに90以上。       7,770

→  5,900

D1164

L’Aeronautique Navile en Indochine 1927-1956, Henri Robin ‘ Robert Feuiloy, Ardhan, FRANCE 2007; 「1927-1956年のインドシナにおける海軍航空部隊」。写真は白黒が合計で約380、カラーは写真・イラスト約80点、それに地図9点、215x305㎜, 520pp, HC, フランス語 15,750

→  12,880

D1173

You’re Leaving Tomorrow (Conscripts and Correspondents Caught Up in the Vietnam War), Malcolm Brown, Stuart MacGladrie and Candace Sutton, Random House Australia, AUSTRALIA 2007; 写真は約140。260x260㎜, 280pp, HC(DJ), 英語 9,660

→  8,440
D1240 Charlie Don’t Surf But Aussies Do (Taking Time Out from the Vietnam War), Stuart Scott, Stuart Scott, AUSTRALIA 2009; ベトナム戦争時代にオーストラリア軍兵士達が、一時戦場を離れてサーフィンに興じていたことを詳しく記載したユニークな図書。筆者はこのほかにも(戦争モノではなく)60年代のサーフィンについて記述した本を出版している。60年代から70年代のオーストラリアの若者にはベトナム戦争、サーフィン、ロックンロールの3つが共存しており、オーストラリア軍が駐留していた6年間にわたり南ベトナムのビーチ[オーストラリア軍の多数がヴンタウ近くに駐留]で、その3つの要素がぶつかりあった。陸軍はクラブハウスを作り、兵士は民間人の服装でハンバーガーとビール、そしてサーフボードの貸与を受けた....

全体を
12章に分け、オーストラリアの海岸堡、ギャロッピング・メイジャー、バドコー(コンプレックス)の建設[バドコーBadcoeはオーストラリア軍人ピーター・ジョン・バドコー1934-1967で、敵前で勇気を見せ殊勲を立てた者に送られる英・英連邦の最高位のビクトリア十字勲章受章者]、彼らにボードを、マイルド・サーフに乗る、セックス・ドラッグ・ロックンロール、チュビーズ、ルールと規定、最後の波などの見出しとともに、サーフィン中の若者、施設、南ベトナムの人々、などの写真が多数。一部にユニフォーム姿、戦場らしい写真もあるが少数。多くがカラーで、合計約90。ベトナム戦争関連としては大変ユニークな内容の一冊!170x240, 127pp, SC, 英語。限定出版1,000部!表紙の裏(印刷なし)に筆写サイン。
6,180

→ 5,230

D1246

Transports de Troupes vers l’Indochine, A. Bragagnolo, FRANCE 1999; 「インドシナ(1945-1954年)への兵員輸送」。インドシナへの兵員輸送船について多数の写真を掲載しながら記した一冊。最初に海軍のリゴー司令官による前書きがある。インドシナ戦争の年表、海洋航路、パクボ(人員輸送船)、自由の船の4項に大別。特に第3章の人員輸送船の部分では、実際に使われた船舶について、ラ・マルセイエーズ、アンドレ・ルボン、ヴィエトナム、カンボージュ、ラオ、ヤンツェ、オレゴン、エスペランす、クロード・ベルナールなど30以上の輸送船について写真とその履歴、スペックを紹介している。戦争書で船舶となると、取り扱われるのはどうしても軍艦(戦闘力をもつ艦艇)が主となるのが常という中で、本書は特に兵員輸送に使われた船舶を取り上げた珍しい書籍である。250x220, 80pp, HC, フランス語   7,770

→  6,660
D1293 The Year of the Tigers; The Second Tour of 5th Battalion, The Royal Australian Regiment in South Vietnam, 1969-70, Captain M. R. Battle & D.S. Wilkins (Third Edition), Australian Military History Publications, AUSTRALIA 2009;  ベトナム戦争1969-70年の、オーストラリア軍5RARの記録で初版は1970年、リプリント版が1987年(D1082)に、そしてこの第3版が2009年に出版。2版に比べると、サイズもが大きくなっているほか、内容が大幅に補充されて100pp以上の増頁である。目次を見ると全6章、各章の開始ページは全く同じ。ただし、それらの項目でも写真が増えておりページ数にも枝番号が付与されている部分が見られる(例えばpp.6162の間に61.2, 61.3…61.8, 61.98ppも増えている。いずれも写真が追加されたことによる)。が、顕著なのは第6章の写真による記録での写真が大幅に増えており、目で見てより楽しめる。巻末の地図は第2版と同じ。215x300o, 377pp(上記のとおり頁数に枝番のある部分があり、実際にはこれ以上), HC(DJ), 英語。非売品であるのは同様 19,590

→  15,120

D1297

Dien Bien Phu, Pierre Vallaud et Eric Deroo, Tallandier Editions, FRANCE 2003 ;  「ディエンビエンフー」。写真は白黒及びカラーで、合計260以上。その中には地図やインシグニア、装備の大写し、それに当時の冊子や文書、証明書などの資料も多数。2235x290, 159pp, HC, フランス語 12,600

→ 10,800
D1315 U.S. Army Aviation in Vietnam, Wayne Mutza, Squadron/Signal Publications, USA 2009;  ベトナム戦争で使われた米陸軍航空機を多数の写真とともに紹介。写真はカラー及び白黒(多くがカラー)で総数約180、他に若干のカラーイラスト。210x280, 80pp, SC, 英語 3,360

→  2,980

D1321

Vietnam Artillery (23 On the Way), Headquarters 23d Artillery Group, USA 1969;  「ベトナムの砲兵隊」で、第23砲兵グループの公式出版物。数多くの写真とともにベトナムでの砲兵部隊を紹介するもの。Addendumシート(196961日の日付)が1枚。写真はカラーと白黒で合計140以上。215x265, 72pp, SC, 英語。USED 表紙は汚れがあり古さを感じさせるが中は問題なし。目次ページに図書館(Albert Louis Lopes)の刻印があるが、所蔵を示すものはそれのみ。 9,450

→  7,990

D1357

生存術, 駐越韓国軍司令部編集・発行, KOREA 1973; 駐越韓国軍司令部が編集した「生存術」で、ベトナムにおける果物や植物などについての安全性などを紹介したもの。190x260, 210pp, HC, 韓国語(表紙は漢字のみで、中は漢字とハングルの混在した韓国語。果物や植物の名称は越語でも)。本書は非売品である。 USED 表紙は経年により部分的に色あせがあるなど外観は古さを感じさせるが、中はきれいで特記すべき不具合はなし。 18,900

→  16,350

D1362

Grey Eight in Focus (A Pictorial history of the Eighth Battalion, of the Royal Australian Regiment Malaysia 1967-1969 Vietnam 1969-1970), 8RAR Pictorial Committee, AUSTRALIA 2010;  オーストラリア連隊第8大隊(RAR)のマレーシア(1967-1969)とベトナム(1969-1970)における写真記録集。最初にマレーシア(マラヤ)、pp.104からベトナムである。特別に章分けはしていないが、ベトナムへ出征する兵士の姿から、それ以降はベトナムでのさまざまな生活、作戦、装備や武器、隊員、R&R、ベトナムの人々と風景などの写真がぎっしり詰まっており、最後はオーストラリアへの帰還まで。内表紙に筆者サイン。275x245, 223pp, HC, 英語 28,350

→  24,910
D1373 Le 4e R.T.M. Les Bataillons de Marche en Indochine 1947-1954, General Pierre Daillier, Service Historique de l’Armee de Terre, 1991;  「第4モロッコ人狙撃連隊:インドシナ1947-1954における歩兵大隊」で、外観もごく新しいため最近の再版と思ったが(表紙には1990とあるが)1991年出版分であるようだ。最初に一般事項について記したあと、第4モロッコ人狙撃連隊歩兵大隊についてモーリス・アンリ将軍下の1947, 48, 49年の動きや作戦について紹介。例えば47年だと、トゥザウモット地域の第9中隊、バリア地域の第10中隊、スァンロク南部地域の第11中隊、(69日)チュア・チャン事件、第9小隊のための水陸両面任務な11項目。さらにピエール・デリエ将軍下の4e RTM2歩兵大隊の1949-1954年の中部安南・中部ラオスとして、中部安南は195-1953年を年ごとに紹介、中部ラオスは12の項目で紹介。続いて同じピエール・デリエ将軍下の4e RTMの第3歩兵大隊の1949年末―1954年のトンキン〜S.A.N.O.〜トンキンを年ごとに区切って記載。そして最後に同将軍下の4e RTM1大隊の1950-19546月までのトンキン〜ディエンビエンフーについて紹介。特にディエンビエンフーについては項目を設け、ディエンビエンフーにおける4e RTMの第1歩兵大隊、また54115日以降92日までを日を追って記載、戦闘について54115日〜313日まで、313日〜57日、57日戦闘の終結等の項目がある。文字のみでなく、写真や地図も多く掲載している。215x305o, 355pp, HC(DJ), フランス語 12,180

→  10,800
D1375 B-57 Canberra Units of the Vietnam War (Osprey Combat Aircraft 85), T.E. Bell, Osprey Publishing, USA 2011;  もともと英空軍の爆撃機であったB-57 キャンベラはベトナム戦争では米空軍やオーストラリア空軍により1965年よりベトナム戦争に投入されている。北ベトナム中心部を攻撃したF-4F-105ほどの華々しさはないが、B-57キャンベラこそベトナム戦争での最初のジェット推進爆撃機である。本書は、熱い戦争の冷たい開始、遂に..怒りの飛行(連続横転とスティール・タイガー作戦、夜間攻撃、ビエンホアのホロコースト)、ダナン(暴走のキャンベラ、ランチ・ハンド作戦)、ドゥーム・プシー[ベトナムでのB-57キャンベラ部隊の中隊名]、ファンラン、RAAF(ロイヤル・オーストラリア空軍)のキャンベラが戦闘に加わる、エンター・ザ・ドラゴン、の全7章に分けて記載。写真はカラー/白黒が合計で80以上、中央付近に10ppにわたりカラー・イラスト(30機)、巻末に1964-70年東南アジアでの損失一覧。185x245o, 96pp, SC, 英語  2,940

→  2,620
D1423 U.S. Forces in Vietnam 1962-67, Guillaume Rousseaux, Histoire & Collections, FRANCE 2012; 「ベトナムの米軍 1962-67」でフランスでの出版だが英語である。といっても先に出た仏語の”Les Forces Americaines au Vietnam 1962-67”の英語版だ。最初に南ベトナムの地図、ベトナム戦争年表(1961-76)、その後は1962年から、色々な部隊と階級、それに地名も上げてユニフォームや装備の例を前、後あるいは横・斜め横からの写真を示している。部隊とはMAAGのユニフォーム、第5特殊部隊の曹長、MAAGアドバイザー大尉、第3海兵隊師団の無線オペレーター、173空挺旅団のパラトルーパー、第25歩兵師団の1級曹長、南ベトナム海兵隊アドバイザー、第25歩兵師団憲兵1級曹長、第44医療旅団、第3戦術飛行グループなどさまざまな部隊の色々な階級の兵士・将校についてのユニフォームが示されているので、そう言った部分に関心のある人には大変役に立つだろう。

20x240o, 66pp, SC, 英語。 (現在は絶版で、新品、古本にかかわらず、この価格での購入はほぼ不可能!)
4,,510

→ 3,900
D1438 Vietnam Military Lore...In the Name of War (State Department, MACV and US Mission Vietnam Documents), compiled by Master Sergeant Ray Bows, U.S. Army (ret.), Bows & Sons Publishing, USA 1995;  筆者は他に"Vietnam Military Lore 1959-1973 (…Another Way to Remember)””Vietnam Military Lore: Legends, Shadows & Heroes”を出版しているが、この分はプラスチック・リングによる簡単なもので、実際に通常の本のような形にはされなかったようだ。表紙をめくると”Volume II”とあるが、Volume Iがどのようなものかは不明。全体をSection IIIに分け、Iでは「北からの侵略=北ベトナムが南ベトナムを征服するためのキャンペーンの記録」で武装侵略のためのキーとなる人物の送り込み、南部のシンパに向けハノイが供給した武器・弾薬など、南ベトナム攻撃の組織・指示・管制はハノイが..など5項目、それに付録(写真多数)。セクションIIはベトコン/北ベトナム側文書の識別で第1, 2, 3部があるが、それらはいずれも印刷物(行政関連書式、ビラ、パンフレット及びブックレット、雑誌と新聞)、タイプされたもの(通信、指示、決定、命令、訓練など)、手書きのもの(報告/スケッチ、個人のノートと日記、私信と封筒、個人の履歴書など)、行政書式(勲章授与証明、党員履歴、党活動紹介書、兵士IDカード、医療記録、投票記録等)….など様々な紙の資料について現物の写真を示しながら、文書の構成や内容について文書中の箇所に番号を付与し、それらを逐一英語で説明をしている。ベトコン/北ベトナムの文書資料を右頁にその説明を対面の左頁に記したものが全体の半分以上を占めている。現物はプラスチック・リング綴じだが、これ以上きっちりした形で製本化されたものの存在は未確認で、このものも現在は見つけるのが極めて困難な資料本!215x280o, 258pp, SC, 英語 (内表紙に筆者のサイン付) 13,860

→ 11,810
D1457 Fire Support Bases Vietnam: Australian and Allied Fire Support Base Locations and Main Support Units, Bruce Picken, Big Sky Publishing, AUSTRALIA 2012;  「ベトナムの火力支援基地: オーストラリアと同盟軍の火力支援基地の位置と主な支援部隊」。ベトナム戦争中の火力支援基地についてその建設から位置、時期、役割、そして関与した作戦の概要までを詳細に研究して記録した資料的価値の高い一冊。紹介のあと、火力支援基地(FSB)とは何?、T962-1973年のオーストラリアの軍事介入年表、その後は次の13章に分けて記載、即ち:FSBビエンホアのRAR1大隊=19656月〜12月の作戦、フォクトゥイ省のFSBヌイダット=19661月〜7月の作戦、ロンタンの戦い=19667月〜12月の作戦、FSB馬蹄(Horseshoe)と地雷原防壁とフェンス=19671月〜6月の作戦、Suoi Chau Phuの戦闘=19677月〜12月の作戦、コラルとバルモラルの戦闘=19681月〜6月の作戦、主力部隊の作戦=19687月〜12月の作戦、ビンバ村とロンビンの戦闘=19691月〜6月の作戦、平定化作戦=19697月〜12月の作戦、撤退開始=19701月〜6月の作戦、タスク・フォー近接アンブッシュ作戦=19707月〜12月の作戦、主力部隊の作戦再開=19711月〜6月の作戦、最後の戦闘ヌイレ=19717月〜12月の作戦、その後の付録では1965年から1971年まで1年ごとにFSBを紹介、それに特に1969-1971の平定化期間、ベトナムで任務に就いたオーストラリア部隊の9項目。そして用語・略語集、ソース、参考文献。巻末の目次はFSB、作戦名、作戦地域、部隊、総合の5種類。写真は白黒約120、地図14点、160x235o, 759pp, HC(DJ), 英語 9,450

→  8,330
D1493 Vietnam War Photography By a Combat Medic (A Private Collection), Photographs by M.C. Kraft, D.M. St. Felix, USA 2014;  「コンバット・メディックによるベトナム戦争の写真」。第25歩兵師団に所属するコンバット・メディックのM.C.Kraft氏がベトナムで任務についた196785日から68728日までの間に筆者自身が撮影した500点以上の白黒写真を掲載。全体を次の24章に分類: べトコンのプロパガンダ、チュチとドゥクホア、MEDCAPとサイゴン、ベースキャンプ、基地攻撃、攻撃の後、道中あるいは空中で、小さな村、チョッパー、チュチ、ボブ・ホープ・ショー、捕獲物、チュチ基地の損害、死んだべトコン、香港、MEDCAP、サイゴンとその周辺、サイゴンの地雷、台湾、サイゴンとその周辺[編注]再]、68年テト、カンボジア、帰国へ、日記=5頁。第1章の前に序説と警告がある。警告とは「死んだべトコン」の章にはそのタイトルのとおり戦死したべトコンの恐ろしい死体写真ばかりなので「マイナス効果」を望まない方は、当該ページを見ないように、というもの。各写真については単に1語だけ、あるいは2語から数語の「キャプション」のあるものもあるが、半分以上はそれすらなく写真のみである。文章らしい文章と言えばイントロ部の数頁のみであり、他は写真ばかり!155x230o, 295pp, SC, 英語 3,870


→  3,390
D1504 Грозное Небо Вьетнама (Воспоминания Ветераноь Войны Воинов-Интернационалисов), Хаокiв Компанiя СМIТ, UKRAINE 2008;  「ベトナムの空の脅威」で、2008年にウクライナのカルコフで出版されたロシア語の書籍。ソ連政府はベトナム戦争へのソ連兵士の参加を否定していたが、同国の崩壊後に3,000超が参加していたことが明らかにされた。(その中にはウクライナ人もおり2014年にベトナム帰還兵の代表団がハノイを訪問している)。彼らは「忘れられた兵士達」という存在であったが、米軍撤退35周年を記念して集うなどしている。米軍による空爆阻止が彼らの主任務だが、米国の大統領候補で海軍パイロットであったジョン・マケイン氏の航空機がベトナム上空で撃ち落としたのはソ連のアドバイザーだったという。本書は、ベトナム戦争中の北爆に対する北ベトナム軍の防空体制を技術面、軍事面で支援したソ連軍事顧問団を中心とした記録を多数の写真とともに紹介。写真は白黒ばかりだが顔写真(というより制服着用時に徽章、勲章が見える胸までの写真)を除いて、合計約180。そろって記念撮影風のもの、一柱寺、ホーチミン生家など訪問時のもの、北ベトナム軍指導・訓練、対空ミサイルの運搬、撃墜物などとともに一部ベトナム人の生活のスナップも。写真中のポスターは越語やロシア語が混在。発行部数は500部という。150x225o, 399pp, HC, ロシア語。 USED(?)表紙裏の対面ページ(ブランク)いっぱいにボールペンで書き込み(贈呈?それとも?)あり。 10,800

→  9,720
D1505 MiG Aces of the Vietnam War, Istvan Toperczer, Schiffer Publishing, USA 2015; 筆者は1966年、「ベトナム戦争のMiGエース達」。ハンガリー生まれ、外科医として同国空軍入りし、アフガニスタンでも2年半を軍隊で外科医として勤めた。以降は航空関係雑誌に記事執筆や写真を投稿している。1994年以降数回ベトナムを訪問し、北ベトナムのMiGパイロット、エース・パイロットと会ってインタビューをし、関連資料を集めてきた。本書は、北ベトナムで最も成功したパイロット達のキャリアをその訓練時代から、その任務と空中戦の勝利に至るまでを紹介。戦争時代の人民空軍の19人のエースに加え、空中戦で顕著な活躍をした8人のMiGパイロットを取り上げ、カラーでのMiGのプロフィール、空中交戦地図を含めた240以上の写真と地図を掲載し1965年から1973年の間に北ベトナム上空で繰り広げられた空中戦の勝利と敗北をリストアップした。全5章は、始まりと訓練の年月、北ベトナムMiGの最初の空中戦勝利、エースは60年代に生まれた、「ローリング・サンダー」以降で「ラインバッカー」以前、エース達とMiGの敵機。付録では、ベトナム人民空軍のエースと英雄達、ベトナム戦争時代(1965-1972)のエースと英雄達の航空戦、ベトナム戦争時代(1965-1972)のエースと英雄達の航空損失。最後の文献は1/3以上がベトナム語のもの。 225x285o, 247pp, HC(DJ), 英語。 5,930

→  5,270
D1509 Vietnam War (Photography by a Combat Medic Black & White Photograph Version), D. Kalten, USA 2015; 「ベトナム戦争」(衛生兵による写真、白黒写真バージョン)。タイトルのとおりベトナム戦争に戦闘支援の衛生兵として従軍した筆者が撮った写真のコレクションを紹介するもので、「ほとんどの写真はカラーで撮影されたが、本でカラーにするとコストが飛躍的にアップするので白黒写真とした」とある。本書以外にカラー写真バージョンがあるわけではない。全体を以下の24章に区切って写真を紹介している:ベトコンの宣伝、チューチとドゥクホア、MEDCAP(公民に対する医療支援計画)とサイゴン、ベースキャンプ、基地への攻撃、攻撃の後、道中及び空中で、小さな村、チョッパー、チューチ、ボブ・ホープ・ショー、捕獲品、クチ・キャンプのダメージ、死んだべトコン、香港、MEDCAP、サイゴンとその周辺、サイゴンの地雷、台湾、サイゴンとその周辺、68年テト、カンボジア、家に向かう、日記=5ページ、そして最後に著者からのノート。全て筆者自身による写真だが筆者がベトナムにいたのは19678月から約1年であり、所属は第25歩兵師団であった。プロの写真家が撮ったものではなくベトナムでの日常を収めたものということで、それぞれの写真のインパクトは弱いが、写真は簡単なキャプションの付いているものもあるものの写真のみというところも多い。155x230o, 287pp, SC, 英語 3,940

→  3,380
D1514 Living With Dragons (August 1968-May 1970), DragonsG. Scott Leis, USA 2015;  「竜との生活(19688月〜19705月)」。米海兵隊隊員としてベトナムで与えられた任務で19ヶ月を韓国軍の第2海兵連隊(通称「青龍」部隊)と共に過ごした筆者が忘れ得ぬ当時の思い出を記した。ベトナムでは他の海兵隊員90名と共に空爆や海軍の射撃、メディヴァクス(治療を要する人を航空機で避難)、ヘリによる物資支援などの技術を提供するという目的でダナン南方20マイルの青龍部隊行を命じられた。彼らのユニフォームを着て、彼らの食事を食べ、彼らの習慣を学んだ。黄色の足跡、ITR(歩兵訓練連隊)・無線ラジオスクールと演出、グッド・モーニング・ベトナム、第5大隊、第26中隊、休日、なくなったヘルメット、戦場へ戻る、特別の退去、戦争への戻り、教会、映画の中のよう、悪い海と悪いTV、誰かタバコを?、浜辺での待ち伏せ、さようならベトナム、ビューフォートの全17章と最後にエピローグ。写真はすべて白黒だが60以上。155x235o, 289pp, SC, 英語 3,930

→  3,500
D1525 Die Legion 2e B.E.P.: Die Fallschirmjäger im Indochina-Krieg, Thomas Gast, Motor Buch Verlag, GERMANY 2012;  2e BEP部隊: インドシナ戦争での降下兵」。第2次大戦後に、かってのドイツ国防軍、Waffen SS(武装親衛隊)の兵士達はフランス外人部隊に身を投じ、インドシナ戦争がはじまるとアルジェリアから多くの外人部隊兵がスエズ経由でこの地に送られてきた。ディエンビエンフーの戦闘においても、外人部隊の中でも直ぐに戦いを放棄するベト族やターイ族兵士らの戦意の低さに比べ、実際に戦力になったのはフランス軍降下部隊と外人部隊のみで、その外人部隊兵の大半を占めたのがドイツ人だったという。タイトルの第2外人降下大隊2eBEPは、フランス1945年以前の植民地主義に巻き戻そうと、1950年代初頭に設立された部隊。本書はインドシナで戦った外人部隊の中でも最も有名な部隊の実話である。太鼓、シティデルアベス、インドシナ、Joncs平原[サイゴン西方、毎年のようにメコン川による洪水が起こる地域を仏植民地当局が使った用語]、フィリップヴィル[注:2eBEPが降下訓練を行ったアルジェリアの地名]、サイゴン、ヒェウトウ、フォクロン、バクム、スァンボ、北で警報!、第1外人降下大隊の十字軍、ラッファリ[注:フランス軍大尉の名前]、サン・マルク[注:外人降下部隊第2インドシナ中隊中隊長]、アィン、ソンダ、ラファリス・トッド、ジャール平原、ハノイ、トゥアン・チャウ、ディエンビエンフーのように項目分けして記述を進めている。最後にエピローグ、著者後書き、そして付録(年表、略語一覧、文献)。写真は小さ目なものが多いが、地図と合わせて合計90以上。175x245o, 215pp, HC, ドイツ語 5,400

→  4,700
D1559 Shovels and C-Rations: A Seabee's Recoolections From Vietnam 1968-1969, Charles D.Thompson, BU2 USN, USA 2015; 「シャベルとCレーション:ベトナム1968-1969のシービーの思い出」。SeabeeとはCB、即ちConstruction Battalionで、米海軍の設営部隊員である。戦争とは実に恐ろしいものである。1年と1週間をベトナムで過ごし、その戦争についてはっきりと記憶している事柄があるが、それらは一つの例外を除いて恐ろしいというよりユーモラスなものだ....

Cレーション、モンキー・マウンテン、レッド・ビーチでの綱引き、ダナンの海軍支援活動ダムからの話、Konkey Stew、ダムに関する更なる驚き、フランス・ダムでの冒険、トリアージ、ベトナム人の自助クルー、我が韓国軍同盟部隊、韓国のパズル・ロック、など16に分けて写真やイラストとともに綴っている。イラストには缶切り、韓国人大工が持っていたかんなの刃、同スコアリング・ナイフ、同平かんな、同のこぎり、同木工用かんな、タイ・ワイヤーといったものがページに1点紹介されている。Seabeeならではのものといえ、ユニークなところ。カラー写真20、イラスト18150x230o, 79pp, SC, 英語
2,700

→2,380
D1574 US Marine Rifleman in Vietnam 1965-73, Charles Melson, Illustrated by Ramiro Bujeiro, Osprey Publishing, UK 2007;  「ベトナム1965-73年の米海兵隊ライフルマン(小銃兵)」で、お馴染みオスプレイのWarriorシリーズの一冊で初版は1998年。前置き、年表、入隊、訓練、ベトナムで毎日の生活、戦闘のための組織、ベトナムでの戦闘生活、ユニフォーム・装備・武器、補給品・再補給品、負傷兵輸送用ヘリ、戦闘で、グループと組織、博物館とコレクション、といった項目に分けて進めている。Ospreyなのでユニフォーム・装備・武器の部分は特に詳しく、さらに、容姿、インシグニアとマーキング、ヘッドギア、ユティリティ・ユニフォーム、 フットウェアー、ボディ・アーマー、装備、武器と無線、と小項目に分けて説明がなされている。中央付近にそれらについてカラーのイラストを掲載したページがまとめて12pp。それ以外に白黒の写真・イラスト・地図が合計で約60点。185x250o, 64pp, SC, 英語  2,700

→  2,400
D1584 Les Aviateurs Dans la Guerre d’Indochine 1945-1957 (Témoignages), Jean-Pierre Simon, Préface du Géneral Pierre Péron, Éditions du Grenadier, FRANCE 2016;  「インドシナ戦争1945-1957の飛行士たち(証言)」。序文はピエール・ペロン将軍。インドシナ戦争を戦った人たちの証言を集めたものだが、文字で綴るだけでなく写真も多く取り入れており、また元空軍に所属する兵士のみではなく、彼らを地上から支援した陸軍の兵士達も含まれている。

本書は、フランスの主権の問題、
1947-19501951-1953 突然のこと、ディエンビエンフー カストール作戦、戦いへ、戦闘!、ザップの2回目の攻勢、 破滅から地獄へ:ベトミンの死の収容所、他のいたる所で戦闘は続いている、結末、回想、付録、グルノーブル航空生の為の学校、の全13章。巻末には用語、ベトナム語小辞典、感謝、文献、67の証言[これは証言についての目次]、15のメダル受賞者プロフィール。中央付近に漫画や写真、それに部隊インシグニアを集めてのカラー写真のページが計XVI頁。それ以外は白黒写真だが合計150あり。

210x270o, 375pp, SC, フランス語
7,860
  
→  6,980
D1589 Gunners Vietnam 67/68 (- The 106 Book), Peregurine Publishing, AUSTRALIA 2016;  「ベトナムの砲手」で、”106 GD BTY RAA”、即ち106 Field Battery(オーストラリア軍の第106野戦砲兵中隊)の1967-68年のベトナムでの記録を多数の写真で紹介したもの。

森林からのスナップショット
(1966年クィーンズラドのティンカン・ベイTin Can Bay)、タートル・クレスト[第106野戦砲兵中隊のインシグニアにある亀]、第106中隊戦場へ(19673月〜19685月)、ロイヤル・オーストラリア連帯第7大隊第5中隊[同中隊の歩兵としてフォクトゥイ省で作戦に参加]、大砲[676月、第103野砲中隊が使い込んだL5パックハウザーを引き渡す]、M2A2が中隊へ[M2A2105ミリりゅう弾砲]、我らの戦争画家Peter KellyBobby Winnett、指令所、前線観測(106中隊のRAR7大隊への帰属)、スォイチャウファの戦い(196786日)、REOS[注: Reinforcement=増援の意味で他部隊より106中隊に一時的に移ってきた兵士のこと]、Super 8 Soldiers (Rowan MarshPeter Stainthorpsによる映画)、バンカーの戦い(1968257日9、衛生の問題、砲手のギャラリー、レユニオン、「帰らなかった500人」の詩の起源[メモリアル・ガーデンの銅製プラークに刻まれた詩を書いたのは106中隊の隊員]、といった見出しに分かれている。

写真は今回初めて公開されるものがカラーと白黒で(小さな顔写真は除いて)合計約
160。カラーの割合が多く、ページ大のものも少なくない。265x235o, 100pp, SC, 英語
8,880

→  7,770
D1593 A Soldier’s View of the Vietnam War (The Story of Victor 4 V Coy 6 RAR/NZ (ANZAC) Battalion, written by Victor 4 Company, edited by Victor 4 Editorial Committee, The V4 Family Trust, NEW ZEALAND 2011;    「ベトナム戦争の兵士の印象(ロイヤル・オーストラリア連隊/ニュージーランド軍(ANZAC)第6大隊V中隊ヴィクター4小隊の記録)」。兵士が兵士の視点から軍事史を書くことは稀であるが、本書はそうした一冊である。更に詳しくは、1969-70年に6RAA/NZV中隊のヴィクター4小隊に属していたニュージーランド軍の将兵が故郷より遠く離れたベトナムの地で体験した戦闘などの経験について多数の写真を掲載し語ったものである。

編集委員会からの注釈、前書き=
Rhys Jones少将、前書き=Quin Rodda大尉、その後は第1章から26章まで:戦死者を追悼して[小隊からの戦死者7人=全員がニュウージーランドの将兵でロイヤル・ニュージーランド歩兵連隊6人、同工兵隊1人=の名前、年月日、内容、それに各人の履歴やベトナムでの状況を記載]、ニュージーランドのバーナム軍事キャンプ、マレーシアのテレンダク駐屯地、オーストラリアのタスク・フォースと敵軍、南ベトナムのニュージーランド軍、南ベトナムへの展開、ラヴァラック作戦、動くV4小隊本部、1小隊、2小隊、3小隊、地雷戦、南ベトナム軍との作戦、ベトナムにおけるV4の作戦の要約、ベトナムでの勇敢精神、ヌイダットの基地作戦、兵士達の話、R&R、白い衣服の天使=ニュージーランドのナースたち、364日とひと起き!、家族、我らの仲間にお別れ=タンギハンガ[注:マオリ族の儀式]、6 RAR/NZANZAC)司令官デヴィッド・バトラー中佐の演説、V4レユニオン、枯葉剤、国家とその上級大将が謝罪。以上26章の後に6 RAR/NZ (ANZAC)大隊ヴィクター4小隊の公式名簿、用語。

写真は
(4)6頁にまとめて56ヶ所にある他にページ大のサイズから小さな顔写真までいろいろ掲載されており、その数は合計でカラーと白黒を合わせて332215x305o, 335pp, HC(DJ), 英語
19,740

→  16,210
D1600 The Vietnam War: The Definitive Illustrated History, Smithonian, DK Publishing, USA 2017; 「ベトナム戦争:写真史決定版」で(世界最大の博物館としてお馴染みの)スミソニアンの編集による。「自由への道作戦」[: 1954-55年に北側から南へ逃れるベトナム人と仏人を支援した米海軍の作戦名]からサイゴンの米大使館の撤退までを、当時現地にて目撃し、体験した人々の話を添えて、戦争の各段階での出来事を多数の写真と共に細かく解説した。

背景(
19593月以前)、ベトナムに引き込まれたアメリカ(19593月〜196412月)、アメリカが戦争へ(19651月〜19679月)、分岐点(19679月〜196812月)、ニクソンの戦争(19691月〜197112月)、イースター攻勢から米国撤退へ(19721月〜19731月)、大詰めと余波(19731月以降)、と時系列で7つに大きく区切って進めている。それぞれの章で最初にタイムラインを示し、見開きの両ページで1つのテーマを取り上げているところが多い。最後は、インドシナ21世紀へ、としてオバマ米大統領の訪越写真も。さらにアメリカ大衆文化の中の戦争として、ベトナム戦争映画、さらに戦場ツアーとしてベトナム各地の戦跡や博物館・モニュメントの場所を紹介している。

260x310o, 360pp, HC(DJ), 英語
5,290

→  4,720
D1605 Dusterman Vietnam (Story of the Last Great Gunfighters), Joseph M. Belardo, Sr., USA 2010;  「ダスターマン、ベトナム(最後の偉大なガンファイターの話)」で、筆者のベトナム日記や記憶から綴ったもの。開いたままの砲塔でツインマシンガンの大砲は、小さな改造ウォーカー・ブルドッグ戦車の砲座に再取り付けされで「ダスター」と改名された、とあるのでその乗組員をダスターマンと呼んでいるのであろう。但し、一般的に広く通じる語とは言い難いようだ。

アンクル・サムが君を欲しがっている、ダスター・ガンファイター、失われた無垢、本当に生きるためにはほとんど死ななければならない、そして地獄が呼びにきた、命取りの
12月、1月はテトを意味する、全ての戦いの母、ドンハからの救出、回想、G.I.ジョーが転がっていく、ケサンへの救援、ケサンを見捨てる、ショート・タイマーが故郷へ、の全15章からなる。写真(白黒)はそれぞれの章の終わりにまとめてあるので、全体では写真のみで約95頁になる。

220x280o, 277pp, SC, 英語
5,830

→5,050
D1606 Filipinos in the U.S. Navy & Coast Guard During the Vietnam War, Ray L. Burdeos, Anthorhouse, USA 2008; 「ベトナム戦争中の米海軍と沿岸警備隊のフィリピン人」。筆者らフィリピン人の新兵たちは誰も米国入国のためのパスポートを持たず、在住ビザもなかったので「法的に米国永住権を認められていない」という資格でサンフランシスコのフォートメイソンに上陸、ベトナム戦争中はアンクル・サムのために任務に就いた...

米国での私たちの冒険、フィリピン[注: その歴史などを紹介]、その後は、現在は全て退役しているが海軍、沿岸警備隊で任務に就いた各6人、計12人がそれぞれの話を綴る。戦時の若干の写真、あるいはその後の写真を示している。正装でビジッと決めたもの、任務についてポーズを取ったもの、あるいは戦後に家族との写真、船舶写真は全て白黒で合計約65点。

150x230o, 172pp, SC, 英語
2,895

→  2,340
       
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