色々なコレクターズ・アイテム

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番号

画像(表、裏又は...)

商品名 (説明、状態など) 価格(円)
V1118

日本製郵便はがき 謹賀新年 ティエン・イェン植民地第18歩兵連隊曹長あて 仏印トンキンで「年賀」で使用;

日本の郵便はがきで「謹賀新年」の挨拶、写真の入ったものがトンキンで仏人(外人部隊兵?)により年賀の挨拶に使われたもの。送り主は1907年1月28日にバクニン(Bach Ninh)から、ティエン・イェン第18植民地[歩兵連隊であろう]の曹長宛てに差し出した。1月1日はとっくに過ぎ去った時期なので、同地の陰暦正月(テト)用と思われるが、1907年とテトは陽暦では2月13日となっている。

宛先面の最下にあるIntérieurは「国内」の意味なので、トンキン内あたりの意味であろう。

なお、ティエン・イェン(Tien Yen)とはハロンとモンカイを結ぶほぼ中央あたりにある。

一般的な経年古さ程度で、あと印刷面右下端近くの切手は剥がれている。

1,500

スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者); 写真の下は「ベトナム民主共和国の首相(1949-1955)で大統領(1945-1969))、以上は英語。右上にスペイン語で「既成封筒、国内発送は20gまで、郵便局、スペインのレート」といった語が印刷されている。

(上記は以下についても同様: 但し番号1,2,3...は便宜上のもので、現物についている訳ではない。裏面については全て同じ)

V1119 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)1;  580
V1120

スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)2;

580
V1121 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)3;
  左はスペイン語によるホーチミンの紹介部分
580
V1122 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)4; 580
V1123 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)5; 580
V1124 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)6; 580
V1125 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)7; 580
V1126 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)8; 580
V1127 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)9; 580
V1128 スペインの封筒 ホーチミン, 1890-1969(ベトナム共産主義者)10; 580
V1129

切手 キューバ 1966年 「ベトナムでのジェノサイド」3枚セット; Michelle No.1233-1235.サイズは25x56�o。

500
V1130

封筒の表側 外人部隊? インドシナ(コントゥム)から(アルジェリア)オラン宛 1950年;  封筒(封筒全体の袋状ではなく、宛名を書いた面のみが切り取られたもの)で、仏印、アンナンの(中部高原)コントゥムKontumから北アフリカ、アルジェリアのオランOranに宛てたもの。インドシナからアルジェリアなので典型的な外人部隊関連であろう。

サイズは14x11.3�p、航空切手2枚が上下逆に貼られている。

1,580
V1131

封筒の表側 外人部隊? インドシナ(コントゥム)から(アルジェリア)オラン宛 1952年; 封筒(封筒全体の袋状ではなく、宛名を書いた面のみが切り取られたもの)で、仏印、アンナンの(中部高原)コントゥムから北アフリカ、アルジェリアのオランに宛てたもの。

サイズは14x11cm, 航空郵便1枚が貼られている。これまたインドシナからアルジェリア宛てであり、外人部隊関連の可能性が強い。

1,280
V1132

カバー 仏印サイゴンから(アルジェリア)オラン 地区司令官大佐宛 1948年; 仏印(コーチシナ)のサイゴンからアルジェリアのオラン、マスカラ下位師団司令官の大佐宛てに贈ったもの。1948年8月10日発印でオラン着印は同年8月23日、。

裏面上部の差出人は略語や数字が多いが、その中でBPM405はサイゴンの軍事郵便私書箱番号を意味する。

サイズは14.5x11.3�p。

1,990
V1133

カバー 仏印ダラトからフランス ル・ブスカ宛その後サン・ジョルジュ・ド・ディドンヌへ転送 1933年  オリエント航空;

仏印のダラト(Dalat)からフランスのル・ブスカ(Le Bouscat)宛に送られたものだが、受取人の住所が変わっていたようで、先に記されていた住所を二重線で消して、サン・ジョルジュ・ド・ディドンウ(St. Georges de Didonn)に書き換え転送されている。

ル・ブスカはフランス南西部にあり北部がボルドーに接している郊外市で、サン・ジョルジュ…はそこからそう遠くない北方に位置する。

PAR AVIONのシールが重ねて貼られている。封筒右下にVIA AIR-ORIENTと印刷されているが、エール・オリアン(エア・オリエント、オリエント航空)は1929年に誕生し、フランス、欧州から中東、極東(仏印はサイゴン)間の便があったが、1933年10月にエール・フランスに統合された短命の航空会社。このカバーの消印(Annam, Dalat)は1933年4月7日とある。裏面画像の中央上のAOの文字が入った印はAIR-ORIENT航空のロゴ。

サイズは15.4x8.3�p。

2,400

SOLD OUT

V1134

仏印絵葉書 ハロン湾燭台 ハイフォンの第18植民地連隊第7中隊 宛;

ハロン湾(Baie d’Along = アロン湾)のLe Chandelarとある。Chadelarという綴りは現在は使われていないようだが岩の形からChandelier(燭台)のことか?

トンキン、ハイフォンの第18植民地連隊第7中隊(の隊員であろう)宛て。

消印はトンキン、ハイフォン、手書きでの日付は1904年1月17日。宛名欄中央右側に縦方向に薄茶色の線が入っており、その部分の下端に透明テープが付いている。(不具合の補修ではなくテープが付いたものだろう)

1,110

SOLD OUT

V1135

カバー 仏印サイゴンからフランスのリール宛 エール・フランス 1938年;

カバーで、差出はサイゴン、宛先はフランスのリール、インドシナの航空切手などが貼られている。消印は1938年3月18日のように読める

封筒左上にはPAR AVIONの下にSAIGON-MARSEILLEと印刷されているのはエール・フランスの路線であろう。宛先にLille (Nord)とあるのは、北フランスのリール[ベルギーと国境を接するような位置]の意味。

封筒のサイズは14.7x8.5�p。経年などによる若干の汚れはあるものの軽微です。

990

SOLD OUT

V1136

日本の絵葉書 日清戦争 仏印キャップ・サン・ジャックからパリ宛て 1904年;

日本の絵葉書で、日清戦争が描かれたもの。仏印のキャップ・サン・ジャック(Cap St Jacques)からパリ宛てに贈られたもの。消印はコーチシナ、キャップ・サン・ジャックのものが二つ、それにコーチシナ、サイゴンが一つ。日付は1904年9月12日と13日。

ハガキの下部で左右に欠けがある(画像のとおり)

430
V1137

ベトナム絵葉書 ベトナム土産(写真Nam-Phat) 1955年差出;

ベトナムの絵葉書でSouvenir du Viet-Nam(ベトナム土産)。4点の写真は一つがカンボジア。裏面に(19)55年2月9日の文字が読める。その前は差出地と思われるが、どこだろう?通信文のみで宛先も不明。

通信面左上隅に絵葉書の発行がサイゴンのPhoto Nam-Phatとある。経年によるごくわずかな汚れのみ。

320
V1138

チョロン(堤岸) 嘯溟學校 バッジ 1950〜70年前半;

チョロン(堤岸)の台湾系中国人の学校で嘯溟學校[漢字が正しいかどうか?]のバッジ。中央上部に青天白日の紋章のようなものがある。下部のSBは学校名の頭文字??

1950年代から70年代前半のものであろう。

サイズは横と縦の最長部で2.9x3.5�p。濃紺のような色が一部に残っているが、ほとんど剥げている。バッジ裏の留め具は残っている。

850 

アルジェリアのFDC  ホーチミン主席関連

2017年10月30日(アルジェリア=ベトナムの外交関係樹立55周年記念)消印。地名はBIR-LOUHICHIのようだが、どこにあるのか不明。サイズは全て共通の15.9x11.3�p。封筒裏側も共通。

V1139

ホーチミン主席とヴォ・グエン・ザップ将軍1945年8月下旬

840
V1140

ホーチミン主席とヴォ・グエン・ザップ将軍1945年9月2日

840
V1141

ホーチミンと朱徳 1950年1月30日延安で

840
V1142

ホーチミン主席、ザップ将軍その他指導者と 1953年ヴェエトバックの基地で 

840
V1143

ホーチミン主席とザップ将軍 ディエンビエンフー作戦にて 

840
V1144

ディエンビエンにてホーチミン主席の誕生日を祝うザップ将軍とその兵士達 1954年5月19日 

840
V1145

ホーチミン主席とヴォ・グエン・ザップ将軍 ベトナム人民軍創立記念日に際して 1962年 

840
V1146 ホーチミン主席がヴォ・グエン・ザップ将軍と共に南部の兵士団表団と会見 1965年1月11日  840
V1147

ホーチミン主席とヴォ・グエン・ザップ将軍が米軍航空機を撃墜した兵士達と改憲 1966年4月 

840
V1148

ホーチミン主席が心臓発作で死去 1969年9月2日 

840

アルジェリアのFDC ザップ将軍への贈り物

アルジェリアのFDC 2017年10月30日(アルジェリア=ベトナムの外交関係樹立55周年記念) 消印はの地名はBIR-LOUHICHIのようだが、どこにあるのか不明。サイズは全て共通の15.9x11.3�p。封筒裏側も共通。

V1149

ウゴ・チャベス[ベネズエラ大統領]とザップ将軍のベトナムでの戦争に関する本 

840
V1150

ウゴ・チャベス[ベネズエラ大統領]がヴォ・グエン・ザップ将軍に刀を寄贈 

840
V1151

ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス氏とザップ将軍 2006年8月 

840
V1152

イラクのアリ・アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ大統領を迎えるザップ将軍 

840
V1153

訪越のブラジル、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領をとザップ将軍 2008年 

840
V1154

スイスのパスカル・クシュパnパン大統領と会見するザップ将軍 2008年 

840
V1155

ナイジェリアのオルシェグン・オバサンジョ大統領と13年ぶりに会うザップ将軍 2005年 

840
V1156

ロバート・S・マクナマラ元米国防長官とザップ将軍 1997年6月23日、ハノイ 

840
V1157

フランソワ・ミッテラン仏大統領とハノイで改憲するザップ将軍 1993年 

840
アルジェリアのFDC: 以下はフィデル・カストロへの贈り物 アルジェリアのFDCであり、切手もカストロ大統領がデザインされたアルジェリア切手。日付は2017年11月25日
V1158

ベトナム軍事博物館を訪ねるフィデル・カストロとザップ将軍 1973年9月12日 

840
V1159

フィデル・カストロ、キューバ大統領が戦時中のベトコンの圧縮米を食べる 1995年12月 

840
V1160

訪越時にハノイでザップ将軍と会見するカストロ大統領 2003年2月22日 

840
V1161

ベトナム国家主席チャン・ダイ・クァンがキューバ大統領フィデル・カストロと会見 2016年11月15日 

840
V1162

キューバ公式訪問時に自分の肖像画を寄贈されるキューバ指導者フィデル・カストロ 2016年11月15-17日 

840
V1163以降の商品は V1163- をご覧ください。

コレクターズ・アイテム(一般)
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